日本の財政政策はまったく鳴かず飛ばずの状態である。 この背景には政府の巨額な累積債務があり、この債務の大きさが「孫のクレジットカードまで使ってしまった」ということで、人々が財政出動を考慮することをためらわせていることがある。
「孫のクレジットカードまで使ってしまった」という考え方は本当に正しいのだろうか。 この考え方は、現世代が財政出動で景気を良くしても、そのコストは、国債の償還を税金で支払わねばならない子や孫などの将来世代が負担することになるということから始まる。
つまり、財政出動の恩恵は現世代が受けるのに、その負担は将来世代が負うという考え方である。 もっと正確には、現世代は引退時に国債を保有しているのでその償還金を受けることができるが、償還金の原資は将来世代の税負担になるから不公平だというものである。
このような財政がもたらす世代間所得移転は、経済学のなかでもかなり議論されているが、この孫のクレジットカードという話は、国債の発行時点と償還時点の2つの時点だけに注目しているからこういう結論になっているように思われる。 その先を見れば、状況がだいぶ変わってくるからだ。
償還金をもらった引退中の世代がそのお金で何をするかで結論が大きく変わってくるからだ。 彼らがそのお金を使ったら、それは、その時点での現役世代の人たちの所得になる。
彼らがそのお金を使わずに貯蓄を続ければ、それは最終的に、現役世代にまるまる相続される。 ドル危機に世界はどう対処すべきかいずれにせよその時点での現役世代にとってどちらも悪い話ではない。
つまり、償還金をもらった人々がそのお金をどうするかまで考えると「孫のクレジットカード」という例は必ずしも適切ではないのである。 それどころか民間貯蓄に対して民間資金需要が大幅に不足している現状では、政府がそのギャップを埋めない限り、経済はどんどん縮小均衡へ向かうか、行き場を失った民間資金がバブルをつくるかのいずれかになってしまう。
経済が縮小均衡に向かい、人々の所得が減少すれば、現世代は将来世代の教育費でさえ払えなくなるかもしれない。 つい最近まで日本でもそのような事例は多発していたし、同様のバランスシート不況に陥った19210年代の米国では、おびただしい数の子供たちが学業の中断を余儀なくされた。

行き場を失った投資資金がバブルを引き起こすことは、昨今のサブプライム問題や穀物価格の高騰が示すように、世界経済の大きな不安定要因になりうる。 世界経済を取り囲む問題を根治するには財政政策が必要通常、政府は民間に比べお金の使い方が非効率だということから、小さな政府や財政再建が求められる。
この結論には実は2つの大前提があり、それは民間が有意義な投資先を見つけており、しかもそれがパフルになっていないという前提である。 ここ数年は、日米欧がバランスシート不況で民間資金需要が激減し、成長が著しい中国は巨大な貿易黒字国ということで資金輸出国であった。
バブルはまだ続いているが、欧米経済に大きなダメージをもたらしている。 商品市場のバブルもやがて崩壊するだろう。
これらのバブル崩壊で民間は再び大きな富を失うだけでなく、失業を含む極めて非効率的な資源配分に直面することになる。 そのダメージを緩和するため政府による景気対策が求められることになる。
つまり最後は減税や公共事業といった財政出動が求められるのである。 民間の資金がバブルに向かうと、それは政府の資金が非効率な公共事業に向かうよりも悲惨な結果をもたらしかねないということである。
もちろん、この資金が当初からサブプライム関連ではなく政府に回っていたら、政府支出自体がバブルになって無駄な公共事業に多額のお金がつぎ込まれた可能性も否定できない。 そのお金がまだまだ改善の余地がある国民の教育や健康向上に使われていたら、バブル崩壊でゼロになった民間よりも有意義な成果が残った可能性があるのである。

日米欧で行き場を失った民間投資資金が、石油や食品価格の急騰を介して世界中で10億人単位の人々の生活を脅かすようになっている現状は、ジョージ・ソロスも強調しているように百害あって一利なしである。 しかもこの問題は各国の民間企業がお金を借りようとしないなかでは金融政策では対応できない。
このような局面では中央銀行は短期金利を上げることはできても、長期金利を上げることは20O4年のグリーンスパンが発見したように極めて難しいからだ。 この問題の解消には、まさにIMFのストロスカーン専務理事が言うように、世界規模での財政出動が必要なのである。
もちろん問題の答えがわかっていても、それを実施できるかどうかは別問題である。 日本はK泉政権以来ずっと一国財政再建主義で何もやろうとしないし、欧州はマーストリヒト条約で財政政策の機動性が著しく制限されているからだ。
最も必要な薬の使用を避けて残る結果は商品価格のインフレか最終的には財政出動による下支えが必要になるバランスシート不況である。 どうせ最後は財政で民間バブルの尻ぬぐいをやるのであれば、最初から投資減税や将来のために有意義な政府プロジェクトで民間の過剰投資資金を吸収し、バブルを未然に防ぐ方がはるかに有意義ではないかと思われる。
このような考え方は民間に資金需要があるという大前提で構築されている通常の経済学からは絶対に出てこないが、バランスシートの問題で民間の資金需要が激減している現状では、民間の資金需要が正常化するまで、政府の処置は不可欠であると思われる。 現世代が孫の負担を心配して財政出動をためらうことが、必ずしも孫のためになるとは限らないのである。
前章までのサブプライム問題が日本を含む世界経済全体を襲った波だとすれば、それとは別に日本経済が独自に直面している波がある。 この日本経済が独自に直面している波は、すでに過去のものになりつつあるものと、これから日本に襲いかかろうとしている2つがある。
つまり今の日本経済は大きな波が去って水面にようやく頭を出せるようになり、「ああ、よかった」と一息ついてふと向こうを見ると、もう一つ大きな波が向かってきている、といった状況である。 過去に去った波とは、端的に言えば、私が10年以上も前から指摘しているバランスシート不況である。

この不況は、大きな資産価格のバブルが崩壊した時にのみ発生する極めて特殊な不況である。 大きなバブルはめったに発生しないので、この種の不況もめったに起こらない。
日本では1980年代の後半にすさまじいバブルが発生し、90年代に入ったところでそのバブルが崩壊して、このバランスシート不況に突入することになった。 それ以前に、こうしたバランスシート不況が起きたのは1930年代にアメリカを襲った大恐慌だけである。
バランスシート不況は次のような段階を経て発生する。 バブルに踊った人たちが「絶対に儲かる」と思って借金をしてまで投資に走る。
バブルが崩壊すると、買った資産の価格が暴落する。 資産価格が下がっても、借金は残る。
そのような状況に直面した企業や個人は、バランスシートがダメージを受ける。 つまり、資産よりも負債がはるかに大きくなるから、債務超過になり、それは多くの場合「倒産」という結末を迎える。

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